タイ会社設立は登記前が9割|会社を作ってからでは遅い決めごと

日本本社からは、しばしば「タイに会社を作ってください」と簡単に言われます。 しかし、タイで会社を作るときに本当に重要なのは、登記申請そのものではありません。

社名をどう押さえるのか、株主を誰にするのか、議決権をどう扱うのか、資本金と借入金をどう分けるのか、 会社印・銀行口座・登記住所・外国人代表者の就労準備をどうするのか。 これらを決めないまま会社を作ってしまうと、あとから簡単には直せない問題を抱えることがあります。

実感としては、タイ会社設立は「登記前が9割」です。 あるいは、9割9分と言ってもよいかもしれません。

※本記事は、タイ進出を検討する企業向けに、会社設立前に確認すべき実務上の論点を整理したものです。 個別案件では、タイの弁護士、会計士、税務専門家、BOI・銀行・関係当局に必ず確認してください。

会社登記は、最後の作業に近い

タイの非公開株式会社は、必要な情報と書類が揃えば、会社設立登記自体は比較的進めやすい手続きです。 DBD(商務省事業開発局)の手続資料でも、発起人、株式引受、設立総会、株式払込、取締役などの条件が整えば、 基本定款と会社設立を同日に登記できる流れが示されています。

現在のタイ非公開株式会社は、発起人2名以上で設立準備を進めることができます。 以前の「3名必要」という古い理解のままになっている資料もあるため、過去の社内資料やテンプレートを使う場合は注意が必要です。

ただし、登記が比較的進めやすいことと、会社設計が簡単であることは別です。 登記申請は、すでに決めた内容を形にする作業です。 本当に難しいのは、登記前に何をどう決めるかです。

会社設立で大切なのは、「何日で登記できるか」ではありません。
登記後にその会社を安全に動かせるか、資金を入れられるか、資金を戻せるか、 株主間で揉めたときに会社が止まらないかを、設立前に考えておくことです。

社名は、秘密裏に検討し、早めに予約する

タイで会社を作る場合、最初に意識すべき実務の一つが、社名の予約です。 タイでは、同じ社名または紛らわしい社名を自由に使えるわけではありません。 希望する社名がある場合は、会社設立の準備がすべて整ってからではなく、 早い段階でDBDの法人名予約システムで確認・予約することをお勧めします。

特に注意したいのは、社名候補を外部に広く話しすぎないことです。 事業構想や合弁の検討段階で希望社名を不用意に共有すると、 第三者に先に予約されてしまう可能性があります。

会社名は単なる表示ではなく、営業、銀行口座、契約、BOI申請、許認可、ブランド展開にも関係します。 使いたい社名がある場合は、候補を複数用意し、予約の有効期間や手続きも含めて、 早めに確認しておくべきです。

まず見るべきは、事業内容・BOI・外国人事業法・許認可

会社名や資本金を決める前に、まず確認すべきなのは、タイで行う事業内容です。 その事業が、外国人事業法上の制限業種に関係するのか、特別な許認可が必要なのか、 BOI投資奨励の対象になり得るのかによって、会社設計は大きく変わります。

BOI奨励を受ける予定がある場合、必ずしも先に会社を設立してから申請する必要はありません。 法人が未設立の場合でも、申請者個人の情報を記載してBOI申請を進める形式があります。 一方で、BOI承認後に奨励証書を受ける段階では、会社書類、株主名簿、資本金、外国資金の送金証明などが必要になります。

つまり、BOIが絡む事業では、先に適当に会社を作って、後からBOI条件に合わせればよい、とは考えない方が安全です。 資本金、株主構成、事業目的、外国資金の送金方法を、BOI条件と合わせて設計しておく必要があります。

株主構成と議決権は、日本の感覚で考えると危ない

日本本社は、「出資比率を決めれば支配関係も決まる」と考えがちです。 しかし、タイ法人では、株主総会の運営、附属定款、議決方法を確認しないまま進めると、 思わぬ結果になることがあります。

「1株1議決権」と思い込むと危ない

タイの非公開株式会社では、附属定款や議事運営で手当てしない場合、 株主総会の決議はまず挙手で行われます。 挙手では、保有株式数ではなく、出席株主または代理人1人につき1票として扱われます。 一方、株式数による投票が行われる場合には、1株につき1票として数えられます。

さらに注意すべきなのは、株式数による投票は、少なくとも2名以上の株主が請求して初めて行われるという点です。 つまり、単独の多数株主が「その場で株式数による投票を求めればよい」と考えていても、 それだけでは十分でない可能性があります。

そのため、重要事項については、附属定款で投票方法、議決権の数え方、株式数による投票の請求方法、 議長の運営方法を明確にしておくべきです。

特別決議・増資・優先株式も、あとで自由に直せるものではない

タイ法人では、附属定款変更、増資、減資などで特別決議が必要になる場面があります。 特別決議は、通常の過半数ではなく、出席し議決権を有する株主の議決権の4分の3以上が必要です。 そのため、合弁会社では、誰が重要事項を通せるのか、誰が止められるのかを設立前に見ておく必要があります。

また、増資時の新株は、原則として既存株主に持株数に比例して割り当てる流れになります。 既存株主が引受を断らない限り、いきなり第三者に割り当てる前提で考えるのは危険です。

普通株式とは異なる権利を持つ優先株式を使う場合も同じです。 日本語では便宜上「種類株」と説明されることがありますが、 タイ法上は主に普通株式と優先株式の枠組みで考えます。 優先株式は便利な設計手段ですが、一度発行した優先権を後から自由に変更できるものではありません。

株主を誰にするかだけでなく、どの株式を、どの権利で、どのタイミングで発行するか。 ここを設立前に考えておくことが重要です。

合弁会社では、合弁契約書と附属定款を合わせる

タイ側パートナーと合弁会社を作る場合は、会社登記の前に、合弁契約書を作成しておくべきです。 そして、合弁契約書の内容と、附属定款、株式譲渡制限、署名権限、配当方針、解散時の分配方法を合わせておく必要があります。

合弁契約書では「重要事項は両者の同意が必要」としているのに、 附属定款では通常の過半数で決められるようになっている。 合弁契約書では株式譲渡を制限しているのに、附属定款ではその考え方が反映されていない。 このようなズレがあると、会社設立後に深刻なトラブルになります。

合弁で揉めるのは、失敗したときだけではない

合弁契約というと、事業がうまくいかなかった場合の撤退ルールを決めるものと思われがちです。 しかし、実務上トラブルになりやすいのは、失敗したときだけではありません。

むしろ、想定以上に儲かったとき、相手株主に相続が発生したときに、対立が表面化することがあります。

場面 起きやすい問題 設立前に決めること
想定以上に利益が出た 配当するのか、内部留保するのか、追加投資するのかで利害が分かれる 配当方針、内部留保、追加投資、関連会社取引、株式評価方法
相手株主に相続が発生した 事業に関心のない相続人、複数相続人、株式売却要求などで意思決定が止まる 株式譲渡制限、優先買取権、相続時の買取方法、価格算定方法
合弁を解消したい どちらが株を買うのか、会社を清算するのか、残余財産をどう分けるのかで揉める デッドロック条項、買取権、解散条件、清算時の分配方法

資本金で入れるか、借入金で入れるか

タイ法人設立で、日本本社が見落としがちなのが、資本金と借入金の設計です。 必要資金をすべて資本金で入れるのか、一部を親会社借入金として入れるのかによって、 将来の資金回収のしやすさが変わります。

資本金として入れたお金は、会社の自己資本になります。 将来日本へ戻す場合は、配当、減資、清算などを検討することになりますが、いずれも自由に簡単に戻せるものではありません。 特にタイ側株主がいる場合、配当は日本本社だけに出すものではなく、原則として持株比率に応じた株主への分配になります。

一方、親会社借入金であれば、契約に基づく元本返済として資金を戻すことができます。 ただし、利息、源泉税、移転価格税制、外貨送金、会計処理は確認が必要です。 タイ歳入局の外国法人向け税務ガイドでも、国外法人への配当、利息等には源泉税が関係することが示されています。

また、一般のタイ法人では、設立時から一律に厳格な借入金比率が課されるわけではありませんが、 BOI新設プロジェクトでは、D/Eレシオが3:1を超えてはならないとされています。 BOIや外国人事業法上の許認可が絡む場合は、資本金と借入金の比率を必ず確認すべきです。

資本金で入れたお金と、親会社借入で入れたお金は、戻し方が違います。
会社設立前に、日本本社、タイ側株主、会計・税務専門家、銀行の間で、資金の入れ方と戻し方を確認しておくべきです。

登記住所・会社印・銀行口座・資本金送金も、設立前に決める

会社の登記住所は、単なる連絡先ではありません。 実在する場所であり、その住所を会社の登記住所として使える権利が必要です。 賃貸物件の場合は、オーナーから会社登記住所として使用する許可を得られるか、事前に確認しておく必要があります。

会社印についても、日本本社の感覚だけで考えると危険です。 タイでは、会社印を登録しない設計も理論上はあり得ますが、法人銀行口座を開設し、通常の銀行取引を行う会社では、 会社印を銀行印として使うのが一般的です。

また、銀行口座開設には、銀行ごとの実務により、取締役会または株主総会の決議書・議事録を求められることがあります。 誰が署名権限者になるのか、誰が支払権限を持つのか、インターネットバンキングを誰が管理するのかも、設立前に決めておくべきです。

資本金の送金方法も重要です。 日本から資金を送れば終わり、ではありません。 誰が、どの口座へ、どの名目で、どのタイミングで送金するのか。 BOIや外国出資が絡む場合は、投資目的の送金証明が必要になることもあります。 会社設立前に、銀行と資金の流れを確認しておくことをお勧めします。

外国人代表者が駐在するなら、会社設立と同時に就労準備を始める

会社を登記しただけでは、外国人代表者がすぐにタイで働けるわけではありません。 外国人がタイで働くには、入国管理法上の滞在資格と、外国人就労法上の労働許可が必要です。

外国人が代表権を持ってタイに駐在する予定がある場合は、会社設立後すぐに、 ビザ、労働許可、タイ人従業員の雇用、社会保険登録、給与計算、個人所得税申告の準備に進める状態にしておく必要があります。

「会社はできたが、外国人代表者が働けない」 「労働許可に必要なタイ人雇用が間に合わない」 「社会保険登録や給与処理が遅れている」 という状態になると、事業開始が遅れます。

会社設立前チェックリスト

タイ法人を登記する前に、少なくとも次の項目を確認しておくことをお勧めします。

  • 希望する社名をDBDで確認・予約したか
  • 社名候補を外部に話しすぎず、秘密保持に注意しているか
  • タイで行う事業内容は明確か
  • 外国人事業法、BOI、個別許認可の確認をしたか
  • BOI申請を会社設立前に行うべきか確認したか
  • 株主は誰か、実際に出資できるか
  • 議決権、特別決議、拒否権をどう設計するか
  • 合弁会社の場合、合弁契約書と附属定款の内容を合わせたか
  • 株式譲渡制限、相続時の扱い、優先買取権を決めたか
  • 優先株式を使う場合、その権利を慎重に設計したか
  • 資本金と親会社借入金をどう分けるか決めたか
  • 日本本社への資金回収方法を想定しているか
  • 資本金送金の方法を銀行と確認したか
  • 登記住所として使用できる実在住所を確保したか
  • 賃貸物件の場合、オーナーの使用許可を確認したか
  • 取締役、署名権限、会社印をどうするか決めたか
  • 銀行口座開設に必要な決議・議事録を想定しているか
  • 外国人代表者のビザ・労働許可・タイ人雇用・社会保険の準備をしているか
  • 会計事務所、監査人、初年度決算対応を決めているか

まとめ:会社登記は、設計の結果である

タイ会社設立で重要なのは、登記申請書を作ることではありません。 誰が株主になり、誰が議決権を持ち、誰が署名し、どの資金を資本金にし、 どの資金を借入にし、儲かったとき、揉めたとき、相続が起きたときにどうするかを、 登記前に決めることです。

ここまで決まっていれば、会社登記は最後の手続きです。 逆に、ここが曖昧なまま会社だけ作ってしまうと、あとから直しにくい問題を抱えることがあります。

タイ会社設立は、登記前が9割。 実務感覚としては、9割9分と言ってもよいかもしれません。

主な参考情報



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